大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)8964号 判決 1984年2月28日
原告
大森昌孝
ほか一名
被告
山口一夫
主文
一 被告は原告ら各自に対し、金九八万七四七六円及びこれに対する昭和五七年七月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを八分し、その七を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告ら各自に対し、金八〇一万四二一八円及びこれに対する昭和五七年七月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五七年七月一六日午後五時二五分頃
(二) 場所 大阪府堺市桃山台一丁三番先路上(以下「本件道路」という。)
(三) 加害車 普通乗用車(泉五五ま三二五七号、以下「被告車」という。)
右運転者 被告
(四) 被害者 大森紀子(以下「紀子」という。)
(五) 態様 本件道路を北進中の被告車が、バスから降車して東から西に横断歩行中の紀子に衝突し、ボンネツト上に紀子を跳ね上げたまま約一〇メートル走行したうえ、路上に振落し、よつて、紀子に頸椎骨折の損傷を負わせ、即死せしめた。
2 責任原因
(一) 運行供用者責任(自賠法三条)
被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。
(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告は、被告車を運転して本件道路を先行するに当たり、前方を十分注視して横断歩行者の有無を確認しないまま、指定最高時速四〇キロメートルのところ時速六〇キロメートルで走行したため、東から西へ横断してきた紀子の発見が遅れ、かつ発見後も適切なハンドル、ブレーキ操作をしなかつた過失により本件事故を惹起した。
3 損害
(一) 紀子の損害
(1) 死亡による逸失利益
紀子は、本件事故当時一一歳の健康な女児であつたところ、本件事故がなければ一八歳から六七歳まで四九年間就労が可能であり、その間少なくとも同年齢の女子平均賃金(昭和五七年度賃金センサスによれば一八歳女子平均賃金は年額一四三万八七〇〇円である。)及び家事労働相当額二〇万円の収入を得ることができ、同人の生活費は収入の三五パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン方式により年五分の中間利息を控除(ホフマン係数二〇・四六一一)して算定すると、二一七九万四二四二円となる(賃金センサスによる女子労働者の平均収入額は、女子の家事労働分が反映されていないため、男子労働者の収入に比べ著しく低額となつている。従つて、単に賃金センサスに表われた平均収入額のみによつて女子の逸失利益を算定することは、実態とかけ離れた不合理な結果を生ずる。この不合理を回避するために、家事労働相当分の収入を加算し、あるいは未成年女子の場合、生活費控除を低く見積るべきである。)。
(2) 相続
原告大森昌孝は紀子の父、原告大森紀代は紀子の母であるが、紀子死亡の結果、原告らは、前記紀子の損害賠償請求権を、各二分の一宛相続により承継取得した。
(二) 原告ら固有の損害
(1) 葬祭費 各三〇万円
(2) 慰藉料 各六〇〇万円
(3) 弁護士費用 各七五万円
4 損害の填補
原告らは自賠責保険金二〇〇〇万円の支払を受け、各一〇〇〇万円宛各損害に補填した。
5 よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は本件不法行為の日から民法所定の年五分の割合による。)を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)ないし(四)は認める。(五)の内紀子がバスから降車したことは不知、被告車が紀子を振落したことは否認する(跳ねとばしたものである。)が、その余は認める。
2 同2はいずれも争う。
3 同3は一(1)の内紀子が本件事故当時一一歳の女子であつたこと及び賃金センサスによる平均賃金額並びに(2)は認めるが、その余はいずれも不知もしくは争う。特に家事労働相当額の加算は争う。本件の場合生活費控除は五〇パーセント、慰藉料は総額九〇〇万円、葬祭費は五〇万円が相当である。
三 被告の主張
1 免責
本件事故は紀子の一方的過失によつて発生したものである。すなわち、紀子は停車していたバスが発進するや、全く左側の安全確認をせずにバスの後方に向つて小走りで斜め横断をしたものであり、時速約五〇キロメートルで走行していた以外に道路交通法にも違反していなかつた被告には過失がなかつたから、被告には損害賠償責任がない。
2 過失相殺
仮りに免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については紀子にも前記のとおりの過失があるから、損害賠償額の算定にあたり少なくとも五割過失相殺されるべきである。
四 被告の主張に対する原告らの答弁
被告の主張はいずれも争う。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 事故の発生
請求原因1の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがない。(五)の事故の態様については後記四1で認定のとおりである。
二 責任原因
いずれも原本の存在及び成立ともに争いのない乙第九号証及び第一一号証によれば、被告は、昭和五七年五月末ころ、訴外日東工業株式会社から被告車を譲受け、その後毎日のように運転して使用していたことが認められるから、被告車を運行の用に供していたものであり、自賠法三条により、同条但書の規定する免責の主張が認められない限り、本件事故による後記損害を賠償する責任があるところ、被告の免責の主張について判断するに、被告に過失が認められることは後記四2のとおりであるから、その余について判断するまでもなく、被告の右主張は採用できない。
三 損害
1 紀子の損害
(一) 死亡による逸失利益
紀子が本件事故当時一一歳の女児であつたこと、昭和五七年度賃金センサスによれば、同年度の一八歳ないし一九歳の女子労働者平均給与額は一か年一四三万八七〇〇円であることは当事者間に争いがないところ、経験則によれば、紀子は本件事故がなければ、一八歳から六七歳までの間就労が可能であり、同人の生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、紀子の死亡による逸失利益を年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一四七一万八六九二円となる。
(算式)
一四三万八七〇〇×(一-〇・五)×(二六・三三五四-五・八七四三)=一四七一万八六九二(端数切捨て、以下同じ)
原告らは、請求原因3(一)(1)のとおり、紀子が得るべき収入として、賃金センサスによる一八歳ないし一九歳の女子労働者の平均給与額に更に家事労働分として年額二〇万円を加算すべきであり、また、生活費控除を三五パーセントと低く見積るべきであると主張するが、昭和五七年度賃金センサス産業計、企業規模計、学歴計一八歳ないし一九歳の女子の平均給与額が、同年齢の女子の収入の実態とかけ離れたものとまでは認められないし、右賃金センサスによれば、一八歳ないし一九歳の女子平均給与額は年収一四三万八七〇〇円であり、同年齢の男子の平均給与額は年収一六五万八七〇〇円であるが、右格差が全て不当な要因によつてもたらされたものとはいえないし、女子の生活費の控除額を男子よりも低く見積らなければ不合理な結果を招来するほどのものとは認められないから、原告らの右主張は採用することができない。
(二) 相続
請求原因3(一)(2)の事実は当事者間に争いがない。従つて、原告大森昌孝及び同大森紀代は、前記紀子の逸失利益相当額の損害賠償請求権を各七三五万九三四六円宛承継取得したものと認められる。
2 原告ら固有の損害
(一) 葬祭費
原本の存在、成立ともに争いのない乙第六号証、――弁論の全趣旨及び経験則によれば、原告らは紀子の葬儀を行い、本件事故と相当因果関係のある葬祭費として五〇万円を要し、各二五万円宛負担したものと認められる。
(二) 慰藉料
本件事故の態様、紀子の年齢、親族関係等諸般の事情を考え合わせると、紀子死亡により原告らの蒙つた苦痛を慰藉するためには各六〇〇万円が相当であると認められる。
四 過失相殺
1 いずれも成立に争いのない甲第九号証の四、乙第五号証、第七号証ないし第一一号証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
本件道路は、アスフアルト舗装の南行北行各一車線(その幅員各三・三メートル)で東側に約一・三メートル、西側に約一・二五メートルの各路側帯があり、本件事故現場付近においては、右各路側帯がそれぞれ最大約二・八メートルまたは約二・六メートルに広がつて、両側にほぼ相対して南行及び北行の各バス停留所が設けられており、各停留所付近のみ右各路側帯の外側に歩道がある。本件事故現場周辺は市街地であり、南行バス停留所付近の本件道路東側は絶壁であつて、その下はたんぼであり、本件道路西側は高台であつて公団住宅等がある。また、本件事故当時右バス停留所の周辺には横断歩道は設置されていなかつたので、南行バス停留所からバスに乗降するものは、右停留所と右公団住宅等の人家を往復するため、本件道路の右停留所付近を横断していた。被告は本件事故発生時の約一年前から少なくとも一五回位は本件事故現場付近を通行したことがあり、右状況についても知つていた。
本件事故当時、被告は、被告車を運転して時速約五〇キロメートルで本件道路を北進走行中、前方約七〇メートルの前記南行バス停留所にバスが停車して、発進しようとしているのを認めたが、これに格別の注意を払うこともなく走行し続けていたところ、約五三メートル進行した地点で右南行バスと離合したが、その直後約一三・八メートル前方の本件道路中央付近にいる紀子を発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、被告車右前部を紀子に衝突させて、はね飛ばし、路上に転倒させた。その結果、即時同所において、頸椎骨折により紀子を死亡させた(この点は当事者間に争いがない。)。
他方、紀子は右南行バス停留所において、右バスから降車して、右バスが発進するや、左側(南側)から本件道路を進行してくる車両の有無を十分確認することなく、バスの後方から小走りでやや斜め(南西方向)に本件道路を横断し始めて、被告車と衝突したものである。
2 右認定によれば、被告は、被告車を運転して前記状況の本件道路を北進走行するに際し、約七〇メートル前方の南行バス停留所にバスが停止しているのを認めたのであるから、バスの後方に十分注意して、バスを降りてその後方から西側に横断する歩行者の有無を確認し、横断者があれば発見して直ちに急制動の措置を講じて右横断者との衝突を回避し得るように減速徐行して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、南行バスを認めながら漫然時速五〇キロメートルのまま進行した過失があり、他方、紀子にも南行バスから降車して本件道路を東から西に横断するに当り、右バスが発進した直後に、左側(北側)から進行してくる車両の有無を十分確認することなく、前記のとおりの横断をし始めた過失があると認められる。
3 右認定の被告及び紀子の各過失の態様、普通自動車と歩行者間の事故であること並びに紀子の年齢その他諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告らの前記各損害の二割を減ずるのが相当であると認められる。
従つて、原告らの前記各損害額一三六〇万九三四六円から二割を減じて原告らの損害額を算出すると、一〇八八万七四七六円となる。
五 損害の填補
請求原因4の内原告らが自賠責保険金二〇〇〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。
弁論の全趣旨によれば、原告らは、右保険金を各一〇〇〇万円宛各損害に補填したことが認められる。
よつて、原告らの前記損害額から右填補分各一〇〇〇万円を差引くと、残損害額は、原告ら各自八八万七四七六円となる。
六 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告らが被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は各一〇万円とするのが相当であると認められる。
七 結論
よつて、被告は原告ら各自に対し、九八万七四七六円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和五七年七月一六日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷川誠)